第22番札所 瑠璃山 東光寺(真言宗)
■宗旨/真言宗 ■御本尊/薬師如来
奈良に都が移される二年前の和銅元年(七〇八)、 行基菩薩御年四十一才の時、この地に御留錫注一された。ある朝、東方より霊光が飛来し、その留まる処に一宇を創建し、朝廷に上表して、瑠璃山長福寺の勅号を賜った。爾来 、寺門大いに栄えたが、度重なる戦乱に一山焼失し僅かに法燈を伝えてきた。
寛文十二年(一六七二)、池田光仲公が古跡再興の儀を抑せ出され、宥圓法印が伽藍を復興され旧寺号を廃して東光寺と改め、総法務宮御室仁和寺の末寺となる。
文久二(一八六二)年、荒木又右エ門の後裔注二宥操院家が仁和寺に参殿し、総法務宮純仁法親王(後小松宮彰仁親王 )より院室「金剛幢院 」を拝命、爾来「金剛幢院」を公称して、住職を「院家注三」と称する事を許された。
明治十一年(一八七 八)四月二十六日、又 もや祝融注四に罹かかり、本堂・庫裡等全てを失ったが、同二十六年(一 八九三)現本堂を再建し今日に至っている。
昭和五十一年(一九 七六)、裏山より鉄製・ 銅製の経筒二個を発見した。鉄製の経筒は国内にても数少なく貴重 なものである 。
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東光寺 〒689-1221 鳥取県鳥取市用瀬町古用瀬956 ■電 話/0857-87-2382
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