第21番札所 医王山 西光寺(真言宗)
■宗旨/真言宗 ■御本尊/薬師如来
元医王山吉祥院相現寺と号し、神亀年間(七二四〜 七二八)、行基菩薩が開創された古刹である。行基菩薩が当地方に巡錫の折、同菩薩発願による「布施屋」の設置に伴い、山陰各地に宗教活動の場として創設したのが始まりである。当地賀喜ヶ原に至って、高台にある覧勝の地を結界して、一宇の僧坊を建て、一木から二体の薬師尊像を刻んで、一体を船越山瑠璃寺へ、 一体を当寺へ安置し、民衆の願いを叶えるため布教の場と定めた。
その後栄枯盛衰を繰り返した後、元弘三年(一三三 三)後醍醐天皇が隠岐より京都に還かえられる際、船上山から東進し、鳥取あげの三代寺を経て、八東町を通り、綾木越をして当地賀喜ヶ原に至る。後醍醐帝が当寺に行在し賜い、西から帝が来られたのに因み、以後西光寺と称し、村名も大内と改めた。
その後、秀吉の中国平定に伴い、 南に侵攻の途中、 当寺も兵火に遭い、堂宇・寺宝を失った。慶長三年 (一五九八)、高野山金剛三昧院より永算上人が来山し、本尊を発掘、 行在所跡に堂宇を再建した。その後、 火災に遭ったが、 明和三年(一七六 六)に復興し現在 に至っている 。
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西光寺 〒689-1421 鳥取県八頭郡智頭町大内179 ■電 話/0858-75-0534
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